30万人の腰痛を治した「背骨コンディショニング」の創始者、日野秀彦の背骨矯正のホームページです。プロフィールやマンツーマン矯正、グループ体操、コラボプログラムの各会場やスケジュール、お知らせ、ブログをご案内しております。

背骨コンディショニングがどのようにできたか

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私、日野秀彦は現在、東京在住ですが

「日本イエスキリスト教団、札幌羊が丘教会の教会」の教会員です。

この教会で月に1〜2回ほど背骨を整えて結果的に体の不具合にアプローチ出来ると捉えている「背骨コンディショニング」という体操の奉仕をやらせてもらっています。

背骨に軽い力を加えて整える背骨矯正もしています。

この体操指導や背骨矯正のインストラクターを育成する「背骨コンディショニング協会」の代表を務めており、札幌・東京・関西、名古屋、九州、数ヶ月ごと秋田、長野、静岡、台湾、アメリカ等で体操のレッスンと背骨矯正、インストラクターの育成を行なっています。

2023年現在、全国で約700名のインストラクターがいます。

『背骨コンディショニング』の本が20冊ほど発売され合計30万部売れており、どこに行っても良くならないと云う身体の症状で苦しむ方、アスリート、メジャーリーガー、オリンピックの金メダリスト等に背骨矯正・運動指導を行なっています。

現在に至るまでには色々な困難がありましたが振り返ると神様の愛と憐れみの導きがありました。

母がクリスチャンで生まれたときから教会に通っていて13歳で洗礼を受けました。

当時は、なんとなく神様を信じ、なんとなく教会に行くという信仰の状態でした。そのうち反抗期に入り世の中に反抗するようなりました。

ロックンロールのバンドを始めて、バイクやアメ車を乗り回すチームを作り

日曜日になるとライブやツーリングが中心とになり教会から離れるようになっていきました。

 

高校の頃は荒れていて喧嘩にあけくれバイクで警官との追いかけっこの日々で

その結果、家庭裁判所に何回も行く羽目になり少年院には入らずにすみましたが、高校から20歳になるまで保護司が付いていました。

その保護司の「世間にお役に立てるような仕事をしなさい」の言葉によりスポーツクラブでのバイトが始まりました。

この頃バンドが少々有名になりライブを耳に来る取り巻きによりバイク、アメ車を乗り回すチームが出来上がりました。

時代はチーマーブームの頃で札幌市のチーマーの草分け的存在になりました。

(チーマーとは1990年代前半に流行った。暴走族やヤクザではない、オシャレなチンピラと呼ばれていたhttps://is.gd/NyJDVA

そのうちチーム同士の抗争がはじまり巻き込まれていきました。

働いていたスポーツクラブに脅しの電話が何回も来るようになり車庫においてあった車のフロントガラスが2回割られ私やチームのメンバーに危害がおよび、身の危険を感じ身を守る為に体を鍛えました。

同時に「トレーニング理論」「運動生理学」「解剖学」「栄養学」を勉強しました。

それが上司の目に認められ教育研修担当になり100名以上の新人を研修しました。

その実績を認められ入社試験も無いままそのスポーツクラブに就職しました。

すぐに業界初の「フィットネス•ディレクター」チームに大抜擢されました。

西洋・東洋の医師、運動生理学の東大名誉教授、有名なカイロプラクティックの権威者、アスリートを手がける鍼灸師などと連携して体の不具合を運動で改善する事を考えるチームでした。

このチームが後の背骨コンディショニングのプログラムを作る時に役に立ちました

その後、会社でいくつか重要なプロジェクトを成功するようになり、どんどん自信過剰になっていき「自分の力なら大丈夫」と云う思いで会社を辞めて自分の会社を起こす事になりました。

トレーニング用品の輸入とインストラクターの派遣の会社です。

これを機に、ご利益的にまた礼拝にもいくようになりました。

しかし信じる対象は神様ではありません信じるのはオレ様です。心の中心=王座は自分、自分の力を信じてたのです。

自分と金を追いかける事が中心になって、また礼拝に行かなくなりました。

そういうところを神様は見られて、全ての仕事で成功する事をストップされました。

運営資金が底をつきました。

そのために資金繰りのため高金利のローンを組んでお金を借りました。

その金利を払うためにまた借金するという自転車操業が始まりました。

色々な策は、全て行き詰まり全くの収入が途絶えました。

その時から毎日、朝から晩まで、数十社による借金の取立てがはじまりました。

水道、電気など、公共料金が払えない状態になり、事務所や家のものを売ってお金にしました。

来る日も来る日も朝から晩まで取り立ての対応に終われ

夜中から朝まではアルバイトをして食いつなぐという状態になりました。

それが数ヶ月続き、疲労がたまり、体に異常がおこりアルバイトもできなくなりました。

病院にいけないからどこが悪いかもわからない状態。

力を振り絞って生活保護を受けようと国の機関係に申請しに行きました。

そうすると係の人に「歩いてここに来れるのだから、帰って働きなさい」と追い返されました。

国にまで見捨てられたかと思い、打ちひしがれました。

全ての体力・気力を使い果たし、生きる気力もなくなりました。

そのかわり死ぬ気力もない。

何も出来ない、身も心も、もえさし状態になっていました。

最後は時間の感覚もわからない状態になり。

それが何日続いたか2,3日か10日間かもわからない状態でした。

 

苦しいときの神頼み的な祈りしかしていなかったのに

最後の最後には

 

「こんなに苦しめる神などいらない」と  暴言をはきました。・・・・

その時、聖霊=神の霊です。その聖霊の語りかけがありました。

幻聴ではなく、はっきりと心に直接語りかけられてきました。

 

「そう言うのであれば、いままでの神との関係はどうなのだ。」という問いかけでした。

 

それに続き「神の言葉に耳を傾けているか、聖書を読んでいるか?」と問われました。

私は・・・いいえ、まともに通読した事もありません。

としか答えられませんでした。

「では読みなさい」という具合に、具体的に示されました。

 

その語りかけは

「礼拝に出ているか?」

「喜んで神を礼拝しているか?」

というように、これができたら次と手取り足取り、導かれていきました。

 

そのうちに今まで断片的に読んだり、聞いていた聖書の言葉は生きている神様の言葉としてどんどん、直接心に入ってくるようになってきました。

 

聖書の言葉で

わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちのために死んでくださったことにより、神はわたしたちに対する愛を示されました。ロマ5-8、 とあり、

その愛は      天地創造の前に、神はわたしたちを愛して、・・・エフェ1-4と言われます。

この神様の言葉により

「自分は愛されている。神様に背を向けていた時でも一方的に愛してくれている。

しかも、人間の想像を超える愛をもって愛してくれている。」

という事が本当に心から判りました。

そして、神様は私と神様の関係を修復させる為にこの試練を与え、

私のような自己中心で短絡的で身勝手な者

背をむけている者にも一方的な愛を与えてくれると気がつかせてくださったのです。

 

心の中心が神様ではなく自分が神になってるのは大きな罪である事も示されました。

 

信仰的には復帰し礼拝にも出るようになり聖書を読むようになりました。

だけど、経済的にはまだ立ち直ってなかった頃のことです。

神様からの試験なのか、今となってはなぜその時1万円があったかわかりません。

その時の生活費の全てでした。・

・・その時は1万円で一家で数ヶ月間暮らせたような状況でした。

しばらく札を見たことが無い状態。

・・・それをながめていると「もういいや」という気持ちになりました。

それはどうにでもなれという、感情ではなく、

何を食べようか、何を飲もうか、何を着ようかといって、思い悩むな。・・・あなた方の天の父は、これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存知である。何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。マタイ6-33という聖書の言葉から

お金ではなく、まず、神を求めよう。

自分ではなく、心の中をイエス様に明け渡し、全てゆだねよう。

という気持ちになり「愛されている。生かされている」という事が本当ににわかり

そして初めて感謝をこめ    その一万円札は献金しました。

それは知らずに聖書の中に出てくる、やもめの献金をしていたようです。

「金持ちは有り余る中から入れた、このやもめは生活費全てを入れた。

それをイエス様が見ていた」と書かれています。

天国にいったらこのやもめに会って話ししたいです。

おそらくそのやもめは「あれから経済的に祝福された」というでしょう。

同じ事をやった私は、その時その月から、今日に至るまで経済的に困った事が一度もないからです。

具体的にやるべき仕事をはっきりと示され、その仕事を神様が一挙に祝福してくださったのです。

マルコ16-17 「信じるものには次のようなしるしが伴う。・・・・病人に手を置けば治る。」 という聖書の箇所があたえられ・・・聖書に書かれている通りやって見よう・・・と腰の痛い方に手を置いて祈りました。

すると動かないと言われているる仙骨(尾てい骨の上の骨)が動くのが感じられました。

すると腰の痛い方は「痛みが無くなった」と言うのです。

このように手を置くと病・症状が「無くなった」と言う方が繰り返しありました。

不思議な体験でした。

そこで いままで勉強してきた解剖学をあてはめまて考えました。

それは、病・症状は

「神経が牽引された側で起こる」

「不動と言われている仙腸関節は可動である」

「症状が出ている所だけでなく代償姿勢を直さないと症状の出ているところにアプローチされない」

のでは無いかという仮説のもとに今の背骨コンディショニングの基本理論が確立しました。

運動プログラムを作る仕事をずっと行っていたので、祈りの中で骨の異常を修復する体操法を導かれ現在行っているプログラムの基本動作は数日で出来上がりました。

 

そのうち手を置いて骨が動く事が実感されると気味悪がられるようになりました。

そこで少し力を加えて背骨の矯正をする矯正法が導かれ、クリスチャンの癒しではなくても経験を積めば仙骨や椎骨が動かせる事がわかり、一般的に理解可能な形に体操や矯正を体系化した現在行なっている「背骨コンディショニング」が誕生しました。

 

金を追いかけていた時は経済的な試練がありましたが、

「人にしてもらいたい事は人にしなさい」ルカ福音書6章31節

聖書の黄金律の箇所が示され、金ではなく先ず、相手の痛みや辛い症状に対してどうしたら良いのかにフォーカスするようになった時から、これを仕事として行うように示されその仕事で経済的にささえられました。

 

 

経済的な祝福も感謝です。お金が無い恐怖やつらさを体験しました。

かつては、荒れくれた生活をしていました

思い返すと心の中に愛がすっぽりと抜けていたのです。その愛で満たされない為に

ぽっかりと穴が開いている状態、魂の渇きを感じていて、それを埋めようとしてバンドをやったりバイクを乗り回していました。それが今回の神様の一方的な愛を感じこのかわきが満たされたという確かな実感がありました。また、個人的な愛だけではなく、このプログラムを必要としている方の多くに広める事と隣人愛を持った多くの指導者を輩出する事を神様より使命として示されました。

 

ヨハネ4-14には わたしが与える水を飲む者は決して渇かない。わたしが与える水はその人の内で泉となり、永遠の命に至る水がわき出る。と書かれています  ヨハネ4-14

以前は自己中心で不満ばかりのこの者に神様は現れ、語ってくださり変えてくださいました。

ロマ8—28神を愛する者たち、つまり、ご計画に従って召されたものたちには万事が益となるように共に働くということを私たちはしっています。

これは事実です。人間の目には問題と思う事でもバンド→チーマー→フィットネストレーナー→背骨を直す人に変えられました。

 

 

日野背骨矯正で、ヘルニア、脊柱管狭窄症、股関節。この3つだけで

この手術の回避した医療費が年間9億6千万円になります。

いま背骨コンディショニング協会では日野秀彦の3分の一位の技術を持っているインストラクターを3000人育成する事が目標です。

これは日本の医療費を1兆円削減する目標です。

 

私は政治家じゃないけど医療費は削減できます。

こういう富が必要なところに行けばいいと思っています。

背骨コンディショニングをやる意義・使命であります

 

私は知らなかったのですがこの試練の時にも私の事を教会で祈ってくれていたのです。

又、家族の祈りに支えられていたのです。

その陰での祈りに答えて神様の深い憐れみが働いたのだと思います。

皆様の祈りに答えて下さった神様に感謝します

 

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